東京高等裁判所 昭和40年(ネ)1154号 判決 1966年2月28日
主文
原判決を取消す。
被控訴人等は合同して控訴人に対し金五〇万円及び右に対する昭和三七年八月二七日以降完済に至る迄年六分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。
この判決は被控訴人等に対し各金二五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は、主文第一ないし三項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴会社代表者兼被控訴人本人斎藤喜左エ門は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の関係は、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
理由
一 控訴人の提出にかかる甲第一号証の一、二原審における被告八木康男ならびに被控訴会社代表者兼被控訴人斎藤喜左エ門各本人尋問の結果を綜合すると次の各事実を認定することができる。
(一) 本件約束手形(甲第一号証の一)は、その振出日として記載されている昭和三七年五月二五日被控訴会社の取引先である繊維木材販売業を営む田中のぶよしに対する被控訴会社の材料買掛金の支払のために作成されたものであつて被控訴会社の代表取締役である被控訴人斎藤喜左エ門の命により同会社の事務員が受取人の名称および振出人の署名以外の手形要件を記載し振出人としての被控訴会社の記名、押印は、被控訴人喜左エ門の長男で、被控訴会社の専務取締役である被控訴人斎藤文孝において、また被控訴人喜左エ門および同文孝の振出人としての署名、捺印は夫々各本人においてこれをなしたこと。
(二) そして被控訴会社代表者である被控訴人喜左エ門は、右のようにして作成された受取人欄を空白とする本件手形を右同日午後前記田中がこれを受取るために被控訴会社に来社した際直ちに交付するように被控訴会社の経理係事務員である訴外宮野松子に指示して、これを同人の机上に置き保管せしめたところ、同訴外人が近くの店に他の従業員から頼まれてパンを買いに行つた間に、前記田中以外の何人かによつて盗取せられたものであること。
(三) 原審相被告八木康男は、被控訴会社とは何等取引関係がなく、全く未知の関係にあつたところ、昭和三七年七月頃同人が中心となつて設立した広和興産株式会社の常務取締役をしていた訴外小泉哲夫から他よりの割引を依頼されて本件約束手形の交付を受けたので、その頃前記の様に白地となつていた本件手形の受取人欄に「八喜石油店」という自己の商号を補充し、裏書人欄に「八喜石油店、八木康男」と自己の記名押印をした上割引のため右手形を金融業者たる控訴人に対し白地式により裏書したこと。
以上の各事実を認定することができる。
二 以上の認定事実によれば、本件の場合手形用紙の受取人欄を空白とし、その他の手形要件を記載し、かつ振出人の署名または記名捺印のある約束手形が、これを流通に置くべく、命を受けた振出人の使用人によつて保管されているうちに窃取せられ、輾転して第三者の所持するところとなつたものであるが、このような場合、振出人は、その作成した手形が第三者の手中に帰することによつて、該手形の交付があつたものと認められる外観を作成し、手形に対する第三者の信頼を生ぜしめたものというべきであるから、流通性を本質とする手形取引保護の要請からして、振出人は、悪意または重大な過失なくして該手形を取得した第三者に対し責に任ずべきものと解するのが相当である。しかるに、本件においては、控訴人の右手形の取得について悪意または重大な過失があつたことは、被控訴人等において、なんら主張、立証するところがないから、以上の理由によつて、被控訴人等は、振出人として手形上の責任を負うべきものと認めるべきである。
三 ところで控訴人が本件約束手形を満期の翌日に支払場所において支払のため呈示したところ支払を拒絶されたことは、被控訴会社及び被控訴人斎藤喜左エ門との間では成立に争がなく、同斎藤文孝との間では本件口頭弁論の全趣旨に徴し真正の成立を認める甲第一号証の二によつて明らかである。
よつて、被控訴人等は控訴人に対し合同して本件約束手形金五〇万円および右に対する満期後の昭和三七年八月二七日以降完済に至るまで手形法所定年六分の割合による利息を支払う義務があるものというべく、従つて控訴人の本訴請求を棄却した原判決は不当であるからこれを取消すべきものとし、民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条第一項本文第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。